2018-02-14 コラム
#パフォーミングアーツ

都市を理解する感性を研ぎ澄ます 「演劇クエスト」藤原ちからさん

みなとみらいや馬車道商店街、本牧の街角などで、本を片手に一人で歩いている人を見かけたことがあるだろうか。ページは1ページずつめくらず、文字を少したどってはウロウロし、一瞬晴れやかな顔をしたと思えば、また歩いて行く。そんな人に出会ったら、「演劇クエスト」をプレイ中の可能性が高い。

撮影©大野隆介

 

「冒険の書」を手に、そこに書かれた物語の登場人物となって、作中の選択肢を頼りにしながら実際に街を歩き回るというこのロールプレイングゲームは、2014年に横浜で生まれた。仕掛け人は、BricolaQ主宰・批評家の藤原ちからさん。出版社を経て演劇の世界に入り、blanClass(井土ヶ谷)での発表作品として、「演劇クエスト」を制作した。その後、横浜の「本牧アートプロジェクト」や「TPAM(国際舞台芸術ミーティング in 横浜)」だけでなく、城崎、マニラ、デュッセルドルフなど、国内外の町でこの作品を展開してきた。

今回発表された『演劇クエスト~横濱パサージュ編』は、中区制90周年を記念して区内の商店街や街並みを舞台に、劇作家や演出家、アーティストと共に創作された。また、このたび「文化庁東アジア文化交流使」に選ばれ、香港や上海のリサーチを開始させる。世界を股にかけて活躍する藤原さんに、都市への向き合い方と演劇への思いについて伺った。

 

 

街の”息遣い”を物語に

 

ーー批評家という肩書の藤原さんですが、どんな経緯で「演劇クエスト」を作ることになったのでしょうか。

井土ヶ谷のblanClassというアートスペースのディレクターの小林晴夫さんに、「何かパフォーマティブなことをやりませんか」と打診されたんです。小林さんは、トークイベントのようなものをイメージしていたらしいんですが、僕は「何かつくってくれ」というオファーだと勘違いして。それで案を練っていた時、昔好きだったゲームブックを思い出して、これを実際の街でやってみたら面白いんじゃないかなと思い付いたんです。

撮影©大野隆介

 

ーーこれまで国内外の都市で実施されていますね。どのような制作プロセスで進めるのですか。

ある場所で滞在制作をするにあたって、事前に先入観を持つことが好きではないのもあり、先に作品のコンセプトを決めてそれに合わせていくっていうスマートな作り方はできないんですね。まずはひたすら歩いてみて、人に会って話を聞くことを繰り返して、その街の空気や時間の流れを感じたい。その国や都市が培ってきた歴史、文化、習慣、時間感覚……そういったものをまずは自分の体になじませる。それが最初のプロセスです。

それと並行してもちろん調べ物もして、情報を頭に入れていきます。そうすることで、その都市に固有の課題がじわじわと見えてくる。たとえばマニラなら貧困や治安の問題があることは調べれば頭ではすぐにわかりますが、それも地域によってまばらだということが体感的にわかってきますし、いろんな人たちと時間を過ごしてく中で、じゃあ自分にはどんなアプローチができるんだろう、という可能性が見えてくる。そうやって、演劇クエストを通してここで何ができるのかを考えていきます。

物語の作り方としてはいくつかのパターンがあります。横浜の本牧で作った時は、明確なゴールはつくらないで、日没になったらその日の冒険は終わり、というルールにしましたが、今回の「横濱パサージュ編」では短編ごとに一応完結するように仮のゴールを作っています。どれだけ事実に基いているか、そのフィクションの度合いも短編ごとに異なります。ただ、リサーチを通じて街の息遣いのようなものを体感し、そこから物語を立ち上げる、という点はたぶん共通しているんじゃないでしょうか。

撮影©大野隆介

 

ーーとても手間がかかっているんですね。制作期間はどのくらいですか?

本当に効率悪いな……と自分でも思うんですが、今まで海外の場合は2〜3週間の滞在を何度か繰り返して作りました。ただ今度やる予定の香港では、1カ月でリサーチから発表まで終わらせないといけないので、短い滞在期間でどこまでできるかのチャレンジになりますね。横浜で作る場合は、一応住んでいるので、生活しているだけでもリサーチになるとも言えるんですけど。

 

 

生み出したものを土地に”貯める”

 

ーー横浜を拠点にしたきっかけは何でしょうか。

東京に20年ぐらい住んで、そろそろ潮時ではないだろうかと思っていた時に、東日本大震災が起きていろいろなことを考えました。結果、今動かないでいつ動くのかと思って。長く住んだので東京に思い入れは今もあるし、たしかに仕事は得やすいかもしれない。でもたとえばいろんな雑誌に書いてもその仕事の痕跡がただただ分散していくだけで、どこにも蓄積しない感じがしたんですね。演劇も含めたサブカルチャーのライターとして東京でやっていくならそれでもよかったのかもしれませんが、僕はそのことに虚しさを感じてしまって。

その頃、チェルフィッチュ岡田利規さんが、「横浜は東京に近いとも言えるし遠いとも言える」と仰ってたんですけど、なるほど横浜だったら東京の仕事も継続できるし、なんとかなるかなと。横浜に移って5年半ほど経ちましたが、やはり全く違いましたね。自分の活動が「土地に貯まっていく」感覚がある。顔が見える関係があるからでしょうか。一方で、港町ですから、いろんな文化が共存していて、単一のコミュニティには染まらないんですね。

象の鼻テラスの配布場所では、深田隆之さん監督の映像『ENGEKI QUEST – 港の探偵団と11の物語』も見られる

 

ーー演劇クエストも、そういった関係から広がっているんですね。

そこが面白いところですよね。横浜じゃなかったら生まれてなかったでしょうし。

今回の「横濱パサージュ編」は、最初に横浜市中区からの依頼があったんですけど、ちょうどまたblanClassでも定期的に何かやりませんかと打診されたタイミングで。若いアーティストや学生たちとつらつら話をできる場が欲しいなと思っていたので、じゃあその人たちで一緒に演劇クエストを作ってみたらどうだろうと。その集まりに「港の探偵団」と名前を付けて、月に一回集まってプチワークショップをやっては飲みに行き、各自で街を歩いてもらいました。やってみたら予想以上に面白くて、なんせ自分の知らない横浜を彼らがどんどん掘り当ててくるので、モチベーションも上がりましたね。

 

 

ゲーム性だけではない、都市の入門書

 

ーー物語を組み立てる上で、共通のテーマや約束事はありましたか?

書きすぎない、ということでしょうか。演劇クエストは実際にその場所に行かないと風景が見られない仕組みになっています。小説ではないので、風景描写もほとんどしていないんです。「冒険の書」はあくまでもある場所に人を導いていくための触媒でしかありません。そこで読者・観客が何かを感じることが大事なので。

たとえばデュッセルドルフで作ったバージョンでは、ある郊外の鬱蒼とした遊歩道を抜けていくと、パッと視界がひらける場所があって、そこに馬が何頭かいるんです。すごく美しい風景ですが、その描写は「冒険の書」には書いていません。そこに行けば見られるからです。その代わりに、ある架空の人物の物語をその箇所では書きました。その景色の力が強いので、その風景を借りて、そこに物語を乗せるようなイメージですね。そして、そこから何を感じるかは、読者・観客に委ねたい。

撮影©大野隆介

 

今回の「横濱パサージュ編」では、大体どの短編にも「水」にまつわるエピソードが登場します。今は暗渠になっていて見えないけれどかつて川だった道とか、湧き水とか、やっぱり横浜のこのあたりには多いんですよね。横浜にかぎらず、水の流れは都市をリサーチする上ではとても大事です。奇しくも水の流れから横浜の歴史を読み解くような書物になっています。

ーー難易度という項目がありますが、これはどんな物差しになるのでしょうか。

そうですね……。まずレベル1(★☆☆)で演劇クエストに慣れてから、高いレベル(★★★)にチャレンジしてほしいです。短編によっては、(かつての日本有数の寄せ場で、現在は福祉の街と言われる)寿町など、その地域の人々の生活に密接したような場所に入っていくことになるので、そこにただゲーム感覚で入っていくのは、双方にとって良くない出会いになってしまうと思うんです。

実際の町を舞台にした作品をプレイする時、それを作る人にも、参加する人にも、ある種の倫理のようなものが求められると思います。一方で、演劇クエストをやったからといって、その土地のコミュニティに同化できるわけでもない。どこまでいってもストレンジャーであるという状態もまた、僕はすごく大事だと思っているんです。

……とにかく、ある程度、演劇クエストのシステムに親しんでいくと、その人なりの街との関わり方が醸成されてくると思うんですね。その状態になってから行ってほしい。そういう意味での難易度です。

撮影©大野隆介

 

演劇クエストは楽しいゲームのような体裁にしてますけど、もちろん楽しいことだけではこの世の中は成り立っていない。今は見えていない世界に入っていくことで、もしかしたら救われる魂があるかもしれない。あるいは、ものの見え方が変わっていくかもしれない。演劇クエストを通して、横浜の深い地層のような場所を体験してほしいと思っています。

 

 

集まらないと、始まらない

 

ーー「演劇クエスト」は謎解きなのか、演劇なのか、不思議な作品ですね。藤原さんにとっては、演劇とはどういうものですか?

演劇……何なんですかねえ。よくわからないからこそ関わっている気もしますが、思うに、演劇の最大の魅力は、その懐の広さじゃないでしょうか。僕は演劇サークルに所属したりもしていませんし、小説や映画にどっぷり浸かってきたほうなんで、いわゆる演劇愛のようなものは無いのかもしれない。でも演劇はそういう人間もいつのまにか呑み込んでしまうし、もちろん作り方によりますが、ハンディキャップを持つ人の「障害」をその人ならではの魅力に転化してしまったり、言語の壁を越えたりもできる。ほんとこの人どうしようもないな、みたいに世間から爪弾きにされる人も参加することができる。そういう、共通言語のないバラバラな人たちが同じ場を共有できる。そういう懐の広さがあるんじゃないですかね。勝ち負けとか、「正しさ」とか、そういう価値基準が支配的である窮屈な世の中にあっても、とりあえずまずは集まってみようじゃないか、って呼びかけができる。それが演劇の面白さですかね……。

「演劇クエスト」が演劇かどうかという議論にはあまり意味がないとは思うのですが、今言った意味での演劇を目指しているという意味では、演劇の仲間に入れてもらえたら嬉しいですね。海外でもそのまま「ENGEKI QUEST」にしていますが、滅多に「ENGEKI」の意味は訊かれなくて、ただの記号として扱われてますね。音の響きがいいんでしょうか。演劇クエストのことを略して「ENGEKI」と呼ぶ人も結構います(笑)。

今回は2月にTPAMがあるので、海外から来る皆さんを意識して英語版を制作しましたが、横浜でやる以上、本当は中国語版もあったら良かったかもしれません。まあでもそれを言ったらタイ語も作りたくなってしまうのですが、とにかく、誰が参加可能かということを今後も考えていく必要はあります。今回収録している短編のひとつは、車椅子やベビーカーでもプレイ可能になっています。でもそうやってバリアフリーにしたらそれでOKという話でもないと感じています。

演劇クエストは、できれば一人で孤独にプレイしてほしいとは思ってきました。その状態でこそ感じられる世界があると思っているので。でも一方で、いろんな人が参加できる可能性も排除しないで探ってみたい。今回は11の短編と、実はプラスアルファの裏ステージを仕込んでいるんですが、皆さんにいろんな楽しみ方を開発してほしいですね。

撮影©大野隆介

 

ーーこれからはアジアでの活動を予定されていますね。

1月は文化庁の「東アジア文化交流使」として香港、マカオ、上海に行ってきました。中国の中でも南の方の諸都市を選んだのは、港町に興味があるからです。横浜も港ですが、モノや人の移動があって、だからこそ物語が生まれてきた。

フィリピンと台湾とはここ数年ご縁があって何度か足を運ぶようになっていますが、国単位ではなくて、東シナ海・南シナ海一帯のネットワークとしてそれらの都市を捉えてみたい。実は祖母が台湾の高雄で生まれていて、戦争が終わって財産を失って引き上げてきたらしいんですが、唯一彼女から聞いた台湾の思い出は、バナナ農園が家にあったという話だったんですね。台湾のバナナは、周辺の諸都市や、もちろん日本にも輸出されていたわけですが、そういう港町を結ぶアジアの歴史が気になりますね。どういう人たちがいて、何を考えてきたのか、その子孫はどう散らばっているのか。今回の旅で知り合った香港人がこんなことを言っていました。「私たちは海賊の子孫だから」

なぜ自分がここにこうして生きているのか? 自分の先祖はどこから来たのか? ルーツを探ることは、歴史へと結びついていくはずです。歴史といってもそれは単一のものではなくて、様々なエピソードが複雑に絡み合った、一種のネットワークだと僕は感じています。日本人の多くはこれまでその歴史=ネットワークとの繋がりを喪失してきたのかもしれない。でもこれからアジア各地、いや世界各地の人々と何か一緒にやろうとするならば、当然、その歴史=ネットワークへの再接続を避けて通ることはできないでしょうね。

 

(文・齊藤真菜)

 

 

【プロフィール】

藤原ちから

1977年高知生まれ。BricolaQ主宰。横浜を拠点に、批評家、アーティストとして国内外で活動する。徳永京子との共著に『演劇最強論』のほか、ウェブサイト「演劇最強論-ing」を共同運営。NHKラジオ「横浜サウンド☆クルーズでも月に1度現代演劇について語る。ツアープロジェクト『演劇クエスト』を各地で創作。2017年度よりセゾン文化財団シニア・フェロー、文化庁東アジア文化交流使。

 

 

【イベント概要】

演劇クエスト・横濱パサージュ編

中区商店街キャンペーン期間:2017年12月16日(土)~2018年2月28(水)
配布場所
中区役所
中図書館、中央図書館
横浜市市民情報センター
象の鼻テラス
観光案内所(桜木町駅、横浜駅、新横浜駅)
横浜観光コンベンション・ビューロー
KAAT 他
総合演出・編集:藤原ちから
:秋山直子、石神夏希、コジママサコ、住吉山実里、高野ゆらこ、藤原ちから、星茉里、横井貴子
イラスト・地図・表紙デザイン:進士遙

 

 

 

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