文字を読む手助けを―明確なコンセプトが可能にする、ボトムアップのウェアラブルデバイス「OTON GLASS」

Posted : 2018.04.12
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文字を読むことが困難な人のために、撮影した文字を音声にして読み上げるメガネ型のウェアラブルデバイス「OTON GLASS(オトングラス)」。現在は受注生産を始め、昨年12月にはアーツコミッション・ヨコハマ(以下ACY)のクリエイティブ・インクルージョン活動助成の支援を受けて、横浜で屋外初の大規模な実証実験を開催。製品の最終調整や、各自治体に福祉機器として認めてもらうための働きかけを行っている。株式会社 OTON GLASS代表の島影圭佑さんに、事業のこれまでの経緯や、オトングラスの可能性について伺った。

OTON GLASS(オトングラス)とは>
視覚障害者やディスレクシアのための、人の代わりに撮影した文字を読み上げてくれるスマートグラス。メガネの横にあるボタンを押すと、額にあるカメラで撮影し、画像をクラウド上に送って文字情報を抽出、テキストを音声認識する。島影さんのお父さんが脳梗塞の後遺症で一時失読症を患ったことから、開発が始まった。

 

社会に影響を与えるためのデザインがしたい

——もともとプロダクトデザインを専攻されていたとのことですが、メディアアートの現場も経験されているんですね。

 プロダクトデザインの勉強をしながら、最初はメーカーでインターンを経験しました。同じ白物家電を10年・20年と作り続けていくような、それはそれですごく重要な仕事なんですが、僕がやりたいものづくりではなかった。デザインってもっと、社会に大きな影響を与えるものづくりを下支えする手法じゃないのかなというモヤモヤがあったんです。

 その中で、2012年に父の病気があって「文字が読めなくなった父を手助けしたい」という具体的なテーマが見つかりました。

 私自身はメディアアートの作品をプロダクトデザインの視点から参考にしていました。学芸員資格取得のための研修の一環として、2013年には、山口県にあるメディアアートの美術館・山口情報芸術センター[YCAM]で1カ月のインターンも経験しました。それをきっかけに大学院ではメディア・アートが教育基盤になっている情報科学芸術大学院大学[IAMAS]に進学しました。

——メガネ型のデバイスとしてオトングラスが誕生するまでに、どんなプロセスを経たのでしょうか。

 最初はやはりスケッチをすごくたくさんしていましたね。父に生活の中で実際にどういうことに困っているのかを聞いたり、一緒に出かけていって、行動を観察したりすることで、この形に収束していきました。

 ある日、父が診療に行く日に付いて行って観察していたら、診察の前のアンケートに答えるのに、これは何て書いてあるんですかと指をさして訊いて、隣に座った担当の先生が、答えて読んでいたんですね。同じところを見て、それを耳打ちして教えてくれる機能を持たせるなら、メガネだなと。

 視覚障害者が使っているものの一つに、拡大読書器といって、弱視の方用ですが、大きめのディスプレイに小さいカメラが付いているもので、読みたいものを写すとすごく大きく表示されるものがあります。あとは、スキャナーのようなもので、書類をスキャンして読み上げてくれるもの。これらはそれぞれ用途はありますが、屋外で使えないんですね。

ーー事業を立ち上げていく中で、さまざまな賞を受賞されていますが、ソーシャルビジネスの事業者を支援する「ヨコハマ・イノベーション・スクラム」の事業者にも採択されていますね。

 起業当初は、どちらかというとソーシャルビジネスというより、ものづくり系の文脈から支援をしてもらっていたんですが、事業性が一番重要とされることに少し違和感があったんですね。個人の生活を変える、社会を変えるというところにモチベーションを持って、それを実現するために会社を興したので、順番がちょっと違うな、思想が合わないなと感じていたときに、ACYの助成審査員でもあり、関内イノベーションイニシアティブ代表を務める治田友香さんに声をかけていただいて参加しました。

 社会性を重視した事業を成功させるには、そのための工夫が必要で、それを実践している方たちからお話が聞けたことはとても良い経験になりました。

 

ニーズだけでなく、欲望を引き出す

——初期モデルから、どのように改良を進めていったのですか。

 現在、視覚障害やディスレクシアの当事者と、その方たちを支えている眼科医の先生や学校の先生など実際に現場でサポートしている支援者の方たちから、フィードバックをもらっています。みなさんすごく熱量を持って参加してくれています。また、技術者や研究者など、コアメンバーとして意見をくれる専門性を持った人たちが集まっているので、みんなで未来を作っているような面白さがありますね。

ユーザーの意見を聞くというのももちろんなんですが、どちらかというと、すごく寄り添ってニーズを聞き取っていくというよりは、オトングラスを使ってみることでさらに欲望を引き出してしていくような、じゃあ一緒にそれを実現しましょうという、大きな運動にしていきたいと思っています。

——昨年12月に行われた横浜での実証実験には、どんな方が参加されたのですか。

 視覚障害者とそのヘルパー、クリエイター、デザイナー、法律の専門家などに入ってもらって、いくつかのチームに分かれて、野毛の商店街や、象の鼻パークなどの観光地を回りました。

横浜での実証実験の様子

岩下恭士さんという、毎日新聞の全盲の記者でオトングラスの最初の購入者の方が、すごく開発が進むのを楽しみにしてくださっているんですが、その方と一緒に回っていたときに、「横浜の景色が変わった」というふうにおっしゃっていただいて。視覚障害者の方にとって、ある地点から別の地点に歩くときって、砂漠の中を歩いているような状況で、ただ黙々と歩いていくしかないんです。けれど、オトングラスをかけて、一緒に回った人が「目の前に文字がありますよ」と伝えながら歩いていると、街にある文字が音になって耳に入ってくるというのが、豊かな経験だったそうなんですね。

 書類を読むといった必要性の高いことだけではなく、外出することに、彩りが生まれたと。現在は、ボタンを押してから撮影するようになっていますが、カメラに映り込む景色をリアルタイムでどんどん読み上げるような機能も、後々反映させたいですね。岩下さんとは、「銀ブラモード」と呼んでいるんですけど。

横浜での実証実験の様子

 

ボトムアップで作る、次世代のデバイス

——オトングラスを通して読んだものの記録というのは、保存されているんですか?

 撮影した写真と抽出した文字情報、撮影した時間は、どんどんサーバー上に蓄積されています。何を見ているかというのももちろんですが、常に何かの意思決定をして次に行くわけなので、いわば記録と記憶、学習がセットになった、ライフログですよね。これまで物理的な情報だけで認識していたものが、デジタルでインデックスされて、検索可能に、シェアされてしまうようになる。

 さらに、そうした情報と紐付いている、別の情報があるかもしれなくて、それも一緒に伝えてくれるようになると、実世界と情報世界の中の境界線がなくなってくるというか。

 実空間でどこに文字があるのか、自分がどこを見ているのかという三次元的なマッピングもできるので、それをベースに、さらに視覚障害者の方にとって必要なサービスを考えることもできるんじゃないかということで、実証実験でも、チームごとにアイデアを出してもらいました。また、それとセットで、カメラがあるとプライバシーの問題がどうしても出てくるので、そういうサービスを実現するための法的な設計についても、法律の専門家たちと考えました。

 たとえば、まちづくりの中で設計されて、駅や壁で配布されている情報がどれだけ機能しているか、あるいはどの道が使われているかといったことが分かる。そういうデータを使えば、より住みやすい街を作るための政策提言に活用することができる。誰もが公共に貢献できるんです。

 そういうところに、想像を超えるようなプロダクトができる、次の可能性があるのかなと思っています。

——人の記録としてすごく面白く、怖くもありますね。

 テクノロジーが生み出す恐怖というのは、昔から言われてきたことですが、今はそれ以上に、テクノロジーが民主化されています。オトングラスも、デジタルファブリケーションの流れのなかで、すべて電子工作の範疇でできるようになっているんです。内蔵のコンピュータはRaspberry Piという教育用のものを使っていて、バッテリーとカメラはそれ用のものです。

 いろんな大企業がスマートグラスに挑戦して、プライバシーの問題に直面していますが、何に使えるか分からない、むしろ何でもできてしまうという状況ではなく、僕らのプロジェクトは大義名分があることで、そういう問題をクリアできている部分があります。

 企業からトップダウンで発表するのではなく、ボトムアップ的、寄り合い的に、市民の合意形成に近いようなプロセスで進めていくことが必要なんじゃないかと。自分たちがどういう社会を作りたいのかということを問い続けて、明確な答えを出していけば、それを自分たちで作ることができるんです。

(文・齊藤真菜)
取材場所、撮影協力:mass×mass関内フューチャーセンター


【クラウドファンディング実施中!】
現在、実用性の立証に協力してくれている視覚障害者にオトングラスの貸与/配布を行うための支援金を募っています。
実施期間:2018年5月3日まで
https://camp-fire.jp/projects/view/25370