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銭湯通信
#02
僕が銭湯を
メディア化した理由

text : mana saito photo : ondesgin , tokyo sento

 

ウェブメディア「東京銭湯 – TOKYO SENTO –」と銭湯「喜楽湯」(埼玉県川口市)を運営する株式会社東京銭湯・代表の日野祥太郎さん。「若者に銭湯の魅力を伝えよう」という志しのもとメディアを立ち上げ、今年で5年目。じつは日野さん、ふだんはデザイン会社の取締役であり、気鋭のアートディレクターでもある。そんな彼がなぜ、銭湯を? メディア設立のいきさつや銭湯と地域コミュニティの話など、いろいろ伺いました。

聞き手>編集部:齊藤真菜(ライター)・長堀美季・宮下 哲

 

@東京・代々木上原(デスケル

 

銭湯との関わり方を広げる

編集部 東京銭湯さんは、当初、銭湯好きの仲間が集まってブログ感覚ではじめたと伺っていました。銭湯という分野でやっていこうと考えたきっかけを教えてください。

日野 東京銭湯のサイトを立ち上げたのが2015年4月、31歳の時でした。既存のデザインの仕事だけし続けるということに疑問を感じていたのもあり、もう少し自分の手で新しい価値を作ったり、社会貢献的なことも考えたいと思ったんですね。
 立ち上げ当初はとくにプレスリリースを打たなかったんですが、Facebookで「こんなのやりはじめました」ってアップしたら、瞬く間に広がって、はてブ(はてなブックマーク)のトップに載ったんです。そして、ITmediaさんやバスクリンさんなどがすぐ連絡をくれて、いきなりちゃんとしなきゃいけなくなって(笑)。現象として広がっていったのは、それまでも若い銭湯ユーザーはいたけれど、そういう人たちがどこに集まればいいかがわからない状況だったんですよね。東京銭湯っていう若者向けのサイトが立ち上がったことで、集合場所ができたんだと思っています。

webサイト『東京銭湯 – TOKYO SENTO』のトップページ

編集部 今ではメディアだけでなく、イベントやグッズの展開、不動産情報、そして実際の銭湯運営まで、銭湯にまつわるあらゆることをやられていますよね。

日野 次第に、ただ銭湯が好きな人だけじゃなくて、「銭湯を通して何かやりたい!」という人がうちに相談に来るようになりました。ライターの登竜門のような感じで、銭湯が好きだから記事を書いてみたいという人も来るし、メディアのクリエイティブや広告面に関わりたいデザイナーも来るし、最近は銭湯で働きたいという人も多い。東京銭湯で何かしらの自己実現をしたいという人が来るんです。
 気になる人がいたら、僕はまず「何をやりたいの?」「何に興味があるの?」と聞いて、「じゃあ、とりあえず君の直近のゴールはここだね、それを東京銭湯で一緒にがんばってやろう」と目標を設定する。あとはそこまで自走してくれればいい。不動産事業のほうなんかも、僕はサイトを作る以外は基本何もしていないし、喜楽湯も今はほとんどのことは現場の番頭にお任せしている状況です。

編集部 東京銭湯の枠組みの中で活動したいという人たちのコミュニティやネットワークができているんですね。

日野 銭湯との関わり方をメディアを通して広げていっただけなんですけどね(笑)。きっと、みなさん、銭湯との付き合い方がわからなかっただけで。

編集部 そこに何かがあるんじゃないかっていうこと自体、なかなか気付けないことだと思います。

日野 当時、都内には600件以上の銭湯があって、下手なチェーン店より多くあったので、そこをマーケットとして認知させれば新しい商圏になるなって考えていました。

編集部 昨年は、バスクリンとのコラボ企画などもされていまいたが、現在のメディアとしての収益はタイアップが主なんですか?

昨年、タイアップ企画で行われた「バスクリン謎解き銭湯ジャック」

日野 そうです。広告事業として、イベント制作まで統括することもありますが、そちらはそんなに利益は残りません。東京銭湯全体では、喜楽湯の売り上げが一番安定した収入ですが、もっと上げないといけないなとは思っています。

編集部 我々もそうですが、メディアを続けていくには、収入も大事ですが、それ以上にモチベーションが大事だと感じています。

日野 本当にそうです。終わりのない仕事だけど、辞めようと思えばいつでも辞められちゃう。ただこれは僕自身の性格で、立ち上げたからには、採算が取れるようにちゃんとやろうと、そこには誰にも負けない責任感をもっています。まあとは言え、1年目くらいまではスタッフ全員無報酬でしたけど(笑)。

編集部 たしかに銭湯が好きだからとは言え、立ち上げ当時は関わるスタッフたちのやる気を維持するのもたいへんだったでしょうね。

日野 そうですね。単純に銭湯に行ってレポートしてもらうだけではつまらないので、「ここにはこういう銭湯があるから一緒に行こう。で、そのあと飲みに行こうよ!」って休日の遊びとして落とし込んだり。そうやって人に合わせてモチベーション設定をして、コミュニケーションをとりながらやっていたら、意外に楽しめましたね。むしろ趣味として活動したい人もいて、仕事っぽくするとやりたくないと言われることもあるんですよ。

 
番頭を軸にした地域コミュニティ

編集部 喜楽湯は、最初、オーナーさんから「運営を引き継がないか」と声をかけられたそうですね。

日野 はい、初対面で言われたんですけど(笑)。オーナーが僕と同い年で、話が早かったんです。

地域とのコミュニケーションをイベントを通して積極的に行う喜楽湯

編集部 現在、閉業する銭湯が多くある中で、救えるものなら救いたいと思っている人はたくさんいると思うんですが、当時、銭湯経営については成り立つ見込みはどれくらいあったんですか。

日野 収益構造としては営業時間を延ばすなど、ある程度対外的なサービスを高めていけば客は入るだろうと見込んでいました。
 ただ、銭湯はお客さまに合わせた対応が発生するのでたいへんです。スーパー銭湯みたいに全部にルール付けしてしまえば楽なんですけど、銭湯はガチガチにルール設定するというよりは、番頭がコミュニティを仕切るみたいな感じです。子どもからお年寄りまで全員と顔を合わせて、たまにおじいちゃんがのぼせて浴槽に沈んでたりしてたら対応しなきゃいけない。タイルが剥がれたら自分で修理しないといけない。昼に来て仕込みをやり、営業終了後には風呂掃除が待ってるので、単純に拘束時間も長い。「なんでも屋」的なところがあるので、その都度マニュアルでも作ってアルバイトも含めて誰もが一定の水準の仕事ができるようにならないといけないんです。

編集部 人手が足りてないのも大きな原因でしょうか。

日野 はい、ただオペレーション的にはスタッフを増員してまともにはなったんですけど、引き継ぎ当初は経験者もいないし人手も足りず、たいへんでした。なので僕自身、何十年も銭湯経営をしてきた人に対して、閉業することについて外野はどうこう言えないなと感じています。

編集部 体験したからこそわかる辛さですね……。今は何人で回しているんですか。

日野 固定の番頭が3名いて、バックヤードで管理してくれている人が2名、ほかにも頻度はまちまちですがバイトが10名ですね。

編集部 各地域で銭湯のコミュニティをつくっていく際、大事にしていることや方針などはありますか。

日野 何をするにも基本は人です。今の番頭は人好きで、人とコミュニケーションするのが上手いので、親子連れと仲良くなったら子どもがひとりで入浴しにくるようになって、宿題をみてあげたり、一緒にお風呂入ったりしています。風呂掃除も常連さんと仲良くなって一緒に遊び感覚でやったりしています。近くにホステルがあるんですが、宿泊している外国人が通りすがりに入ってきて、番頭も英語がしゃべれるわけじゃないんですが、いつの間にかスペイン人とかメキシコ人が普通に風呂掃除してたり。掃除が終わったら、納豆を試食させて日本文化を伝えたり(笑)。

編集部 たしか番頭さん、お笑い芸人さんとミュージシャンなんですよね?

日野 そうです。芸人のケンユウは他の銭湯でもバイトしていて、ミュージシャンのユースケは東京銭湯立ち上げ前からの知り合いで、当時から「一緒に銭湯がやれたらいいね」と、いろいろ妄想していたんです。だから、あのふたりじゃなきゃできなかったですね。

編集部 先日家の近くの銭湯に行ったとき、番頭さんのところにおばあちゃんがやってきて、ナポリタン作ったからどうぞって言って持ってきたんですね。それだけ置いてけっこう長い間しゃべって、「また来るわ」って帰っていったんです。番頭さんが好かれる人柄なんだろうなって。

日野 喜楽湯でもビールだけ飲んで帰る人がいますよ(笑)。地域のおばちゃんたちがいろいろと料理を作ってくれて、番頭はそれを「配給」と呼んでます(笑)。

喜楽湯の番頭担当のケンユウこと湊研雄さん(右)とユースケこと中橋悠祐さん(左)

編集部 現在の日野さんは、事務所周辺(代々木上原)の銭湯に行くことが多いんですか?

日野 そうですね、この近くは大黒湯という銭湯があって、会社のみんなでよく行きますね。家も徒歩圏内です。

編集部 わざわざ足を運んで行くお気に入りの銭湯って、ありますか?

日野 目黒区の文化浴泉さんの店主と仲が良くて、銭湯に入ったあと、一緒に飲みに行ったりもします。銭湯は古ければ古いほど、その年数分の汚れがたまりますが、ここは店主がすごい掃除好きなので、めちゃくちゃきれいなんです。お湯の温度もいいし、サウナがあって水風呂があって、ジャズが流れていて、おしゃれなんですよ。

文化浴泉(目黒区)

編集部 取材で仲良くなったんでしょうか?

日野 そうですね。とっつきやすく、いろいろ話してくれて、やはり人柄ですね。当時僕は三軒茶屋に住んでいて、自転車でよく行ってました。去年はJ-WAVEとのタイアップ企画のポップアップ銭湯としても使わせていただきました。

 

コミュニティ運営のノウハウを地域課題解決に活かす

編集部 今後の展望を教えてください。

日野 東京銭湯というオンラインコミュニティと、喜楽湯というオフラインの地域コミュニティを運営してきて、その形成の仕方や、その中で人が何をやりたいかを汲みとったり、自走させるプロセスだったりといった部分はある程度ロジックができてきたので、それを横展開していければいいなと考えています。

編集部 それは東京という地域に限らず?

日野 そうですね、社会的な課題を抱えている地域にインストールしていければいいと思っています。東京銭湯と喜楽湯の取り組みが今年の5月にイタリアの「A’Design Award(エーダッシュデザインアワード)2019」というデザインコンペのソーシャルデザイン部門でシルバーを受賞したのですが、そうやって形の見える実績を作りながら、ソーシャルデザインという無形のものを日本にも浸透させていきたいですね。

編集部 ハード面についてはどうですか?

日野 もちろん新しい銭湯の建設もしたいですね。これまでも建設会社さんから話はいただいたこともあったのですが、実現に至ってないので。数年のうちにはつくりたい! ぜひ、運営はうちで、オンデザインで建ててください(笑)。 ♨️

 

『 銭 湯 通 信 #02 』 取 材 後 記

日野さんはとても気さくな方で、面白いお話ばかりでした! 周りの人を惹きつけるお人柄が、周囲を巻き込み新しい道を切り開いているんだなと感じました。銭湯の地域での役割を考えられているところなど共感する部分があり、一緒に面白いことが出来たらいいな、と思いました。これからも『東京銭湯-TOKYO SENTO-』さんの動向に注目していきたいと思います!!(長堀)

 
profile
日野 祥太郎 shotaro hino

多摩美術大学情報デザイン学科卒業。2015年に銭湯業界の活性化を目的にしたウェブメディア「東京銭湯 – TOKYO SENTO – 」(tokyosento.com)を開設。2016年に株式会社東京銭湯を立ち上げ、同年4月に埼玉県川口市の銭湯「喜楽湯」の経営を開始。2017年9月からデザイン会社デスケルの取締役を兼任。

 

 次回の『銭湯通信』は、実際にまちへと飛び出し、銭湯をいくつか巡り(のぼせないように気を付けながら😅)、地域との関係性について考えます。9月下旬の公開予定です。お楽しみ!